黒酢の全て

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黒酢の誕生はいつ?

kurozu

和泉の国でつくられる「和泉酢」は、令国の名産の一つに数えられるようになり、この醸造法が各地に広まり、それぞれ独特の風味をもつお酢が生まれていきました。

やがて17世紀初頭には今の愛知県半田で酒粕を利用したお酢がつくられるようになり、これが江戸の握り鮨に合うこともあって人気を博すことになります。

最初のお酢づくりは、どの土地においても甕や壷で米を原料に行なわれていたと考えられますが、その中で南九州だけがなぜ今も独特の壷づくりの黒酢をつくっているのか?この疑問については、有力な答えがあります。

南九州の黒酢づくりに欠かせなかった壷は、島津義弘が朝鮮出兵のときに多数の陶工を連れて帰り(1598年)、苗代川の川辺で焼き物をつくらせたこと(薩摩焼きの発祥)に起因し、この時に朝鮮の人たちから酢づくりがもたらされたという説です。

つまり、後年もたらされたこの地方独特の製法というわけです。すでに日本に広まっていた方法が、南九州においてはこのようなやり方に変わったという考え方もないわけではありませんが、製法の違いや、壷の独特の形状、温暖湿潤な気候、あるいは麹の選択などいくつかの要素が混ざり合って、南九州ならではの地方色豊かなお酢として定着したことは十分に考えられます。

地元ではこの黒酢を昔、「アマン」と呼んでいました。あまんという言葉の語源は、九州と交易が盛んだったオランダの上流階層が使っていた調味料として伝わったという説がある一方で、発酵過程で一度甘くなるところから、あるいは米の飯などのあまりを壷の中に貯えてつくることから、中国福建省のアモイがなまったなど、諸説があります。

サプリライター



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