黒酢の全て

サプリメント専門ライターがご案内します。 ahnenproducciones.com

黒酢復活へ

kurozu

時代を経た大正時代、お酢にも大きな変革期が訪れます。合成酢の登場です。

合成酢は、石油や石灰石を原料とした氷酢酸を薄め、調味料や甘味料など数種類の食品添加物を加えたもので、それまでの当たり前に行なわれていた天然醸造の酢とは似ても似つかない人工的なお酢でした。

さらに、戦中・戦後の食糧難の時代になると、米が統制品となったことから米を原料としたお酢をつくることが禁止されます。

こうして合成酢や清酒の酒粕からつくる粕酢や、米をまったく使わないアルコール酢にとって代わられ、伝統的なほんもののお酢は忘れ去られてしまいました。

黒酢も例外ではなく、ここでも合成酢に押されて、一大産地を形成していた鹿児島県福山町では、盛んだったころの30数軒の業者のはとんどが転業しました。

僅かに残ったところも、純粋の米酢は売れないので、大阪から酢酸をとりよせて、合成酢を混ぜて売っていたと言います。

その惨状をみた健康医学社社長の黒岩車五が、酸塩基平衡の学説を元にした健康運動の立場から、古米の純粋米酢の復活を、一滴の合成酢も混入していないほんものの黒酢の復活を誓いました。

実に昭和43年のことでした。そして誕生したのが黒酢の先駆けとなる純粋米酢です(当時は「健康酢」という名称で発売)。

初めこそ委託での製造でしたが、やがてはんものの黒酢づくりを健康医学運動の一方の柱と定め、自ら製造に乗り出すことになります。

これが現在の黒酢ブームの発端となりました。

サプリライター



Comments are closed.